テクノロジーの進歩で体験の質は向上するのか?
小島: テクノロジーの話題に戻しましょう。テクノロジーが進歩したら、体験の質も向上するのでしょうか?
深津: 個人の考えとしては、テクノロジーが体験をよくするのではなくて、テクノロジーが飽和して、停滞して、もう違いが出ないという期間があり、しばしマンネリ化の期間を経て、初めて体験の質の向上が意識されるのかなと思ってます。
小島: スペックではもう勝負がつかなくなったときということでしょうか。
深津: そうです。あらゆるものの黎明期から成長期、たとえば「ウチの製品は解像度が 3 倍高い」とか、「ウチの方が写真が 100 倍多く撮れます」とか、そういったスペック競争が行われているときに、佇まいがどうこうと言い出すのは賢明ではありません。
小島: クラウド以降、テクノロジーの飽和のスピードは速くなっていますよね。
深津: そうですね。新しいテクノロジーが出ても、その先行優位性はせいぜい 1 - 2 年です。停滞の時間の方が長いですよね。したがって、差別化するためにエクスペリエンスが重視されているのだと思います。
例えば、すごく手触りの良い、最高な乗り心地を提供する従来型の車と、すごく雑だけど安全に自動運転ができる車が出てきたとします。
小島: 今だったら、手触りの良さよりも安全な自動運転車を選びますよね。
深津: その時点で、手触りの良し悪しに関係なく、そもそもそれが存在するかどうかで勝負が決まってしまうわけです。
テクノロジーの黎明期は体験よりもテクノロジーへの投資が活発に行われますが、だんだんマンネリ化するにつれて体験側へシフトしてきます。たとえば、車と馬について考えてみましょう。最高な名馬と石炭で動くポンコツ自動車を比べるとします。もし車が世の中で初めてのもので、輸送や移動の手段が求められていたとすると、きっと車が勝ちますね。輸送手段としては馬は勝てませんからね。そこで、負けてる側は勝負のレイヤーをずらすために体験を使うわけです。
小島: 効率とか利益ではなく、馬に乗るのは優雅な趣味であるとかですか。
深津: 乗馬とかスポーツといった、実用性を諦めて体験に全振りすることで生き残るというのが、非テクノロジーの生存方法です。
20190301 inevitable experience_driven_v3 を元に作成
深津: UX ピラミッドと呼ばれるものに近いのですが、自分が仕事するときに、このクライアントと仕事をする意味あるかなとか、サービスがどの段階にいるかなと考えるときによくこの図に立ち戻ります。
誰が悪いとかではなく、マーケット事情とかさまざまな要因で、日本の銀行システムや交通システムは、多くの人が「安全・安心に使える」というレイヤーで勝負をしています。結果的には、そこから先に投資する必要性が生まれなくなるわけです。
小島: 例えば、今では電車には Suica を使って乗車しますが、切符を買うということを考えたら駅にある切符販売機が絶対に強くて、成長する必要がないですよね。
深津: 市場を独占されてしまった産業は、UX を良くする必要はないよねみたいな感じで、安心・安全と言っていれば良いわけです。
一方、Nike、Apple、Disney という会社は、最上位層の「人生の意義・意味」に達していると思います。Nike は何の靴を売っているかというよりは、スポーツすることのアイデンティティー、自分がこの靴を履いて試合に出ることが自分の生き様と重なる、こういうことを主張しています。
小島: 勝負靴というのもありますからね。
深津: ここで、Google という会社はちょっと特殊です。普通のプロダクトは「存在する」というレイヤーから上がってくるのですが、Google は、テクノロジーの裏付けが物凄くあるので、いきなり真ん中あたりの安心に使えて生産性もアップしている、そんなレイヤー(「生産性・快適性」)から始まるわけです。すでに、その上のレイヤーも狙っていますよね。特に最近はこの上のレイヤーを狙う方向にシフトしてきている感じがしますね。
小島: 他の業種ではいかがでしょうか?
深津: 不動産関連も良い例ですね。タワーマンションについて考えてみましょう。
- 安全・安心に使える:安心のオートセキュリティー、ガードマン常駐、耐震性に優れている
- わかりやすい使いやすい:間取り、システムキッチンがある
- 生産性、快適性:マンション内にジムがある、駅から徒歩 5 分
- 嬉しい・楽しい・美しい:高級家具を完備、有名デザイナーが手がけましたなど
ここまでの段階で勝負がつかなくなると、夢羽ばたく魅惑のグリーンなんとかハイツみたいになっていくわけです。
小島: つまり、単なる宣伝文句ではなくて、こういう地域ではマンションが飽和状態にあるということですね。これがマンションではなくて、他の商材であっても、関係者が経験を語りだしたらそのマーケットは飽和していると理解して良いですか?
深津: そうですね。全員がそう言っていたら、高度に飽和した状態と言って良いと思います。
小島: もう機能では勝てないわけですね。全く違う軸を立てるか、エクスペリエンスで勝負するか、そのどちらかしかないのですね。
深津: 全員が機能の話をしていたら、それは黎明期から普及期にいて、開発コストや技術で競争しているわけです。したがって、この段階であれば、技術への投資でまだまだ勝てるわけです。
テクノロジーのライフサイクルから見たデザイナーとデベロッパーとの関係
小島: 黎明期、成長期、飽和期というお話がありましたが、デザイナーが力を発揮する時期と、デベロッパーやエンジニアが力を発揮する時期は、テクノロジーライフサイクルの中で異なるのでしょうか。
深津: 一番最初の段階では、でき上がったばかりのテクノロジーしか存在してなくて、誰も使い道をわかっていません。おそらく誰も想像もできないし、価値、魅力も十分に見出せていません。そこで、このスタート地点で、デザイナーあるいはサービス設計者が「このテクノロジーはこういうものであり、あなたの人生にこう寄与するんだ」と設計して、世に知らしめるわけです。ここはデザイナーが重要な役割を持ちます。
20190301 inevitable experience_driven_v3 を元に作成
小島: デザイナーがしっかりと力を出すことが重要ということですね。例えば、ブロックチェーンがそうですよね。
深津: ブロックチェーンは、実は黎明期よりもっと前の段階です。技術はだいぶ理解が深まっているので、近い将来、誰かがブロックチェーンでこの世の中がどう良くなるかを説明しなくてはならなくなります。しかし、現状は、その説明するプレイヤーがいないのが課題です。
小島: ディープラ-ニングはいかがでしょうか?
深津: ここは成長期です。技術開発の競争が続いている間は、デザイナーは整理整頓するか、せいぜい、デベロッパーやエンジニアの皆さんに頑張ってくださいと応援するくらいしかできません。
小島: そして、飽和期になるわけですね。クラウドは今はこの辺ですかね。
深津: そうですね、やがてそこからサイクルが生まれてきます。なお、始まりがデベロッパーからとは限りません。その手前であれば、SF 小説家かもしれません。ただし、デザインする人と、エンジニアが出てきたときには、交互に役割がまわってきます。
小島: テクノロジーのサイクルが早くなると、この関わり方も変わってきますよね。
深津: 自動車やそれ以前の活版印刷といった時代ですと、テクノロジーが普及するまで 100 年はかかりました。100 年もかかる状況であれば、デザイナーとエンジニアは別々な人が担うのが普通です。しかし、そのテクノロジーが 2 年で飽和するとしましょう。デザイナーをリストラしてエンジニアを雇おうとか、エンジニアをリストラしてデザイナーを雇おうとか、あるいは外注しようか、そうこう考えているうちに、サイクルが再び戻ってきてしまうこともありうるわけです。サイクルが早くなるほど、両方できる人、もしくは両方にブリッジできる人が重要になってきます。
小島: 人の入れ替えはなかなか難しいですし、そういった人を会社の中で育てるのもまた容易ではないですよね。
深津: もし人材がいないなら、当面はアウトソーシングに頼りつつも、5 年後、10 年後を目標にそういう人材を企業の中に作っていけば良いのではないでしょうか。
小島: 最初の方で内製の方がいいよとおっしゃっていましたよね。このサイクルに耐えられる組織を持っていた方が強いと言えますか?
深津: そうですね。また、外注することは、たまたま必要な職能に対しては良いと思います。
たとえば、商品をたった 1 つしか作らないのであれば、ビジョンを立てる人は最初だけいてくれれば良いわけです。
体験に効く今後注目すべきテクノロジー
小島: 体験に効くテクノロジーについて、事前に深津さんに質問をしたところ、
- データ分析・データ解釈
- SaaS の普及
- サブスクリプションの普及
を挙げられました。私は、VR/AR、5G といった臨場感を生み出すもの、VUI、エージェント(AI)を考えていたのですが、まったく違いますよね。
深津: 先ほどの料理の話に戻すと、小島さんの考えは新しい調味料を増やす方向ですよね。しかし、私は、料理をする機会や食事をする機会を増やす、あるいはキッチンを広くする、そういった方向を注目しています。
小島: では、データ分析とはどういうことなのでしょうか?
深津: ある商品やサービスをお客様が満足している理由を、気持ちいいから、かっこいいから、楽しいからと説明したとしても、経営層やビジネス層にはさっぱり通じなかったりすることがありますよね。しかし、データ分析やデータ解釈の意義が広く伝わり、統計データが重要になってくると、こうすればこのサービスは長続きするよねとか、この人をこのタイミングで喜ばせればこのプロダクトの売れ行きは伸びるよねといったように、ビジネスをエンジニアリングの言葉で話せるようになるんです。
小島: データで語るということですね。続いて、SaaS は?
深津: テクノロジーが飽和する結果、UX の重要性が上がってくることは先程述べた通りです。しかし、バックエンドのシステムはほとんど同じでしょう。プッシュ通知のシステムも、決済システムも同じなのです。
小島: つまり、同じなのだから、それでは差がつかないということですね。
深津: 差別化できることはやらねばとならないというように開発バイアスが上がるので、プラットフォームが均一化すればするほど、UX が重要になってきます。昔はレスポンスが良ければ、それで勝てていたのに、すぐに同程度の性能のものが登場します。しかも安価になっており、そこで戦うのは得策ではありません。その結果、エクスペリエンスで勝負をかけることになるわけです。
小島: 最後はサブスクリプションです。サブスクリプションが普及すれば、エクスペリエンスのニーズが高まるということですね。
深津: これも持論なのですが、売り切り型でリピーター不要の商品ほど、マーケティング費に予算をかけますよね。早期に商品を魅力的に見せて、売り切ってしまう。全額回収したら、あとは知らんみたいな。
そうすると、派手なコピー、派手な演出、派手な CM にどんどんリソースが注ぎ込まれるわけです。しかし、サブスクリプションでは、お客様との関係性が長期にわたりますから、サービスを大事に使ってもらおうという考え方に変わります。
小島: パッケージソフトの会社が、自社商品をクラウド化して、月額課金でビジネスをするという話をよく聞きます。でも、それまでは、商品を売ったら即コスト分を回収だったことが、2 年 3 年の間地道に継続しないといけないことになるわけです。もちろん、途中で利用をやめる人もいるので、やめさせない努力、施策が必要になってきます。
深津: 「〇〇 2018の新機能はこれです!」という以前はよく聞いていたことが「〇〇 2017 より 〇〇 2018 はより早く、落ちなくなりました」というところにエネルギーが注がれ、実際にそのサービスを使って目標を達成できるように指導することにリソースが割かれるようになったのです。